2008年05月05日

メセナ・公共事業に頼るという発想を捨てた時に何ができるか

舞台演劇人会議発行の雑誌『演劇人』22号(2006年3月発行)に寄稿した「メセナ・公共事業に頼るという発想を捨てた時に何ができるか〜大阪の一サラリーマンの試み」の全文を以下に掲載致します。こちらで紹介したコモンカフェについては、主宰者本人が出版した、詳しい事業内容から運営マニュアルまでがそろった本が出版されていますので、是非味読することをおすすめ致します。


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2007年09月22日

社会起業セミナー「フェアトレードビジネスのすべて」

社会起業家ゼミ 【フェアトレードビジネスのすべて】のご案内 (ATJ、ネパリ・バザーロ、People Tree、スローウォーターカフェ)
【日時】9月26日(水)10月10日(水)10月16日(火)10月24日(水) 各日とも午後6時半〜8時
 【費用】各回とも1000円(資料代など実費)
 【場所】横浜メディア・ビジネスセンター6階・7階(JR関内駅徒歩5分)
 【主催】横浜ベンチャーポート・横浜市経済観光局
  講師のお話を中心に質問・意見・情報交換。終了後、参加者間の交流会あり。

 南北の圧倒的な格差。そして私たちの商品から見える搾取の構造。それらに気づき、胸を痛めた人たちが、国際交流を通じて、この問題に対峙してきました。不公正な貿易の仕組みをつかって先進国だけが儲かって貧困がさらにひどくなる事業ではなく、つくる南の人々の生活を豊かにする仕組みとしての公正な貿易、フェアトレードという事業がそこから生み出されました。日本でも事業によって人々の意識と世界の仕組みを変えようという試みが20 年前から始まりました。市民活動を事業化することで、雇用を生み出し、日本の消費も変えていく。そのプロセスから、継続的にしかも着実に社会を変えていくことができる。いいことやってビジネスになる、こんなすてきな社会的な事業にどう関わっていけるか、まずは、「フェアトレード って何?」というところから。

 ※フェアトレードとは、発展途上国などの弱い立場にある生産者や労働者が自立できるように、公平な国際貿易取引を行うこと。途上国支援運動を持続していくためにも、フェアトレードを事業として継続するビジネスにしていき、「買い物で世界を変える」ことを目指している。

※ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家) 社会をよくしようとする志をビジネスを通して実現しようとする人。既存ビジネスを、社会をよくする方向に持っていこうとする人も含む。

●ソーシャルアントレプレナーセミナー(第5回) 【ネグロスバナナからはじまって20年】 9月26日(水)午後6時半〜8時

昔は高価な果物だったバナナ。現在安いのは、多国籍企業が、農民を安く酷使し、農薬で苦しめているから。この構造を知った消費者運動が80年代ひろまった。フィリピン・ネグロス島が、砂糖価格暴落で飢餓に陥り、緊急支援のNGO 日本ネグロス・キャンペーン委員会が1986年に結成されたのを機に、南の人たちが自立できる支援として、日本で無農薬バナナを公正な形で輸入販売する取り組みが生協の協力で開始され、オルター・トレード・ジャパンが設立された。現在バナナをはじめ、コーヒーやエビ等を全国へ供給している日本におけるフェアトレードの老舗の老練の流通のプロからその実際を。救援活動から起業して事業化したプロセス、フェアトレ−ドの持続発展、また国際連帯を事業化する上でのポイントも伝授。

ゲスト:近藤康男さん(株)オルター・トレード・ジャパン 1946年生まれ。農協の全国連合会である全農に28年ほど勤務し、前半は畜産農家、農協を配合飼料の営業・農協型畜産インテグレ−ションの仕組み作りのために歩く。後半は外国為替のディ−リング、国際金融業務、海外の穀物会社の買収・経営参加、その後事業管理・損益管理に携わる。一貫して食・農・グロ− バリゼ−ションを課題として意識し、99年3月からATJ に参加。07年6月に常勤取締役を退任するまで、前半は主として産地の生産・供給体制整備、商品営業の責任者として、後半は経営企画、海外の主要パ−トナ−・現地法人の財務管理、を担当。
 参加申込み

●ソーシャルアントレプレナーセミナー(第6回) 【ネパリ・バザーロ事業化までの道のり】 10月10日(水)午後6時半〜8時

企業につとめながら、子育てに一段落してネパールを訪問した際、中学時代に聞いた不安定な国情と農村部の貧困の状況が全く変わっていないことにショックを受け、市民団体を設立。衣類を中心にコーヒーなどをフェアトレードで輸入販売し始め、97年に法人化し、代表になった土屋さん。横浜市栄区本郷台駅前 の地球市民プラザに直営店を開くほか、全国のお店に卸す。日本で売れる品質とデザインを企画し、ネパールに特化して現地との信頼関係を築いて品質向上に努める日々。独特の雰囲気のある商品紹介と記事が満載のカタログ。傑出したレベルで国際交流とビジネスを両立させた横浜発社会起業の創業者の生の話。

ゲスト:土屋春代さん(ネパリ・バザーロ代表) IFAT 認定フェアトレード団体 ネパリ・バザーロ代表。1952年横浜生まれ。1991年、企業に勤務しながらボランティアとしてネパールの子どもたちの教育支援を開始。しかし、ネールを訪問する中で、真のニーズは仕事の機会創出と知り、日本市場で売れる商品作りに取組むため、退職して1992年8月有限会社ネ パリ・バザーロを起業。経済力をつけることで、社会問題に正面から取組む動きはその前から少しずつ始まっていたが、まだまだボランティアは無償行為が正しいと思われていた時代で継続を危ぶまれたが、順調に成長し、今年で16年目を迎える。注)IFAT: International Fair Trade Assoiciation
 参加申込み

●ソーシャルアントレプレナーセミナー(第7回) 【ファッションブランドになるフェアトレード】 10月16日(火)午後6時半〜8時

1990年に来日したインド系イギリス人のサフィア・ミニーさんは、フェアトレードが浸透していない日本の現状を憂え、NGO グローバル・ヴィレッジを設立。94年に横浜市の助成を受けて「環境と人にやさしい衣料品プロジェクト」を開始。事業拡大に伴い、9年に法人化。当初は横浜市の自宅ではじめ、最初の9年は赤字だったという立上げからの苦労があったが、今は自由が丘と表参道に直営ショップを展開するほか、「ヴォーグ・ニッポン」との共同企画をするなど、一つのファッションブランドとしても認知され、大手リテーラーとの契約も。

ゲスト:胤森なお子さん(ピープル・ツリー/フェアトレードカンパニー株式会社常務取締役/広報ディレクター) 1983年から98年まで通信会社に勤務し、顧客対応、広報、販促などの部署で語学と広報スキルを磨く。在勤中の1995年にフェアトレードカンパニーの活動を知り、「買い物を通じた国際協力」というコンセプトに賛同。ボランティアでイベント出店や翻訳の仕事に携わる。1999 年1 月、カタログ雑誌「アースカタログ」(2000年から「ピープル・ツリー」)の編集・広報担当として同社のフルタイム・スタッフとなる。記事執筆と編集のほか、広報、キャンペーンの企画・実施など幅広い業務を担当。2001年に広報・人事担当の役員に就任し、フェアトレードのスポークス・パーソンとしてセミナー講師などを務める。2006年、現職に就任。
参加申込み

●ソーシャルアントレプレナーセミナー(第8回) 【スローなビジネス ナマケモノのフェアトレード】 10月24日(水)午後6時半〜8時

1999年に設立された環境NGO、「ナマケモノ倶楽部」の活動から、スローライフがキーワードの「スロービジネス」が次々に生みだされている。スローウォーターカフェもその一つ。南米エクアドルの森で森を守りながら暮らす人びとと、手仕事による食品、雑貨を企画、輸入、販売する。エクアドルの4つの森でのフィールドワーク、何がフェアなのかいつも模索しながらの作り手とのつきあい、会社の立ち上げ、ワクワクの商品企画、日本での営業、お客さまとのつながりなど、等身大でゆっくり小さく続けるスロービジネス。お互いの暮らしや文化、環境を高める「新しいつながり」づくりのお話。

ゲスト:藤岡亜美さん(スローウォーターカフェ有限会社 共同代表) 1979年生まれ。学生時代から環境NGO ナマケモノ倶楽部の活動やカフェスローの立ち上げに中心的に関わる。エクアドル滞在中に、作り手たちとの交流を深め、有機コーヒーの焙煎と、雑貨輸入を開始。ETIC. 主催の日本初の社会起業家コンペ「STYLE2002」で、優秀賞・感動賞を受賞し、フェアトレードの企画、輸入、卸を展開するスローウォーターカフェ有限会社を設立。エクアドルと日本で、水筒ホルダー、唐辛子入りアヒチョコレート、ハチドリ印、携帯型マイ箸森のお守り、背番号9Tシャツ、9パン、などをプランニング。2007 年長女を自宅出産。農をテーマにしたNPO の代表をつとめるパートナーや、会社の仲間たちの協力を得て、半農半フェアトレードな暮らしを模索中。7月直営店オープン。
 参加申込み

2007年06月20日

官から民へ〜横浜市の起業・ベンチャー支援の事例から〜

2007年05月30日

7.1起業家異種格闘技トークバトル in 横浜

 私が3年ぶりに力を入れた大イベントです!

2007.7.1(SUN)@横浜市教育文化ホール

 日々に忙殺される会社員・シューカツ中の学生さん・自分の能力を活かしたい主婦の方、ちょっと待ってください! 「次の社長はあなたです!」
 独立して成功するリアルな実像から裏技まで全てが分かる! レストラン・カフェをやりたいあなた・ブログで儲けたいあなた・アフィリエイトで左団扇・沖縄で第二の人生・故郷に錦を飾りたいあなた・ネットショップで儲けたい方・映像クリエイターの卵・演劇で食いたい役者志望者・子育てしながらSOHOしたい方・インストラクターやコーチで活躍したい方――必見!
 北海道から沖縄まで、起業家11人が横浜に集結! 業種を越えた異種格闘技! 食うか食われるか? はたまたコラボか!?

7月1日(日) 無料 INVITATION!

詳細と参加お申込は、http://www.ventureport.jp/

OPEN 13:00 START 13:30
第一部 起業家異種格闘技トークバトル!
     レフェリー:吉田雅紀
     バトラー:日本全国の起業家11名

バトラー01:木村誠司(大阪)アフィリエイト日本の元祖:天才カリスマ大阪より参上!
バトラー02:こみやまたみこ(神奈川・横浜)ネットショップ界のクイーン:地元横浜で微笑む
バトラー03:紺田敬二(北海道・札幌)札幌発3Dデジタル都市データで世界へ!
バトラー04:今駒哲子(東京)8000人をネットワーク:SOHO支援の最老舗!
バトラー05:佐藤裕久(大阪/東京)一杯のカフェのチカラで横浜を変える!
バトラー06:丹下紘希(東京)天才PV作家が横浜の色を変える
バトラー07:野澤浩樹(静岡・浜松)現地発情報発信&Eコマース:地域ブログが地元を変える!
バトラー08:平田大一(沖縄)沖縄の離島から夢舞台がはじまる!:日本の教育の常識が変わる
バトラー09:藤田伸一(東京)占いSNSで占いサービスの常識を覆す!
バトラー10:和田清華(東京)その夢はいつやるんですか?:はじめの一歩、背中押します
バトラー11:渡辺康一(京都)着物を着ればビジネスが変わる:京都のクリエイター世界へ発信!

レフェリー:吉田雅紀 日本一の起業支援家!

「起業のきかっけは?」「起業の前にすべきことは?」「資金集めはどうやって?」「だまされたことある?」「最大のピンチをどう切り抜ける?」「最大のチャンスをどう活かしたか?」「田舎で成功する秘訣!」「横浜(北海道・沖縄)から日本を変えるには?」「起業支援はおせっかい!?」疑問すっきり! 大混乱!?

15:50−16:30
第二部 ベンチャーポートが横浜!日本!アジア!を変える!

ベンチャーポートのビジョン、セミナー・イベントの全貌が明らかに!
 横浜ベンチャーポートスタッフが登場

17:00−19:00
懇親会@横浜メディア・ビジネスセンター1階ウィッチカフェ(参加自由:3500円)



2007年01月19日

大地震で家屋が倒壊して死なないために--木造住宅の耐震補強工事の現実

大地震で家屋が倒壊して死なないために--木造住宅の耐震補強工事の現実」と題した記事をOhmyNewsに投稿しました。トップ記事になり、最高の2000円の原稿料になった記事です。是非読んでください。身近な話題を書いて、300円、1000円、2000円の原稿料がもらえるOhmyNews、あなたも市民記者になってみてはいかが。そういうところから、最初の一歩をはじめるのならば、気軽にはじめられますよ。



2006年09月13日

ウェブ制作者の地位向上とSOHOのお祭り(アワード)

今年も、SOHO AWARDSがあります。


SOHOが選ぶ「これええやん」。なんでもアリで表彰します! とのキャッチフレーズ。今月から11月15日まで誰でもノミネート可能。受賞式は12月26日に東京で。
http://www.soho-awards.org/

昨年、上記アワードで個人としてはじめて受賞した森川眞行さんは、つい最近、サラリーマン生活をやめて、シリコンカフェ森川として引き続き、ウェブクリエイターの地位向上のため、命をかけて活動されています。それが、アックゼロヨンアワードです。
http://www.acc04.jp/award/index.html

ウェブ制作者の皆さん、あさっての金曜日、15日が応募締め切り! 自分のウェブを応募しましょう。なぜって、森川さんのブログを読んで欲しい。

サラリーマンをやめた理由がアックゼロヨン成功のため。それって普通じゃありえない。そういう人なんです。

http://siliconcafe.idiary.jp/index.php?ID=674
http://siliconcafe.idiary.jp/index.php?ID=675
読むと、私なぞ涙が出そうになるわけです。

以下、抜粋します。


「ウェブ制作者が自らの手によって、自分達の仕事に誇りを持てるようにしていきたい」

「毎日毎日遅くまで仕事をして、プライベートな時間まで削って毎日遅くまで仕事をしているのは何のため?それは自分達が請負っているウェブサイトをよくしたいからじゃないですか…。」

「Webデザインに関わって、いいものを作ることを誇りに思う。それって俺たちが仕事をする上ですごく大切なことだと思うんですよ。まじで。「誇れる」ってこと。」

「誰かが、この業界を引っ張っていってくれれば、俺らの地位もあがって、ウェブ業界ももっと社会的に認められるんだけどなー。なんて思っていても無理です。誰も引っ張っていってくれません。だから自分達ができることをする。それでも泣きながらでもサイトを作る。役立つサイトを作る。制作者が納得出来るサイトを作る。それがおれらの誇り。」

「アックゼロヨン・アワードは、そんなウェブ制作者が、自分たちが作ったサイトを見せ合いして、「ほら、どうじゃ!すごいやろ!」って自慢するためのもの。選ばれたサイトは確かにスゴいと思うよ。だったら、みんなそのサイトから色々学べばいい。サイトの取り組みや考え方が素晴らしいサイトは、みんなでそれをパクればいい。パクるというと、言葉悪いな(笑)。みんなで共有すればいい。それがアワード。だから祭り。みんなで、年に一回、作ったサイトを持ち寄って、「どうすか?」って聞いてみる。」

「ここに参加している会社(僕がいた会社とか、審査員とかを送り込んでいる会社とか)って、アックゼロヨンに関わったからと言って、何のメリットもない。ボランティア。こんなもののために時間を割いて、現場のクリエイターのリソースを食って、工数を無くしてしまうなんて、普通じゃない。

でも、それを誰かがやらないといけないと思った。だって、誰もこの業界を引っ張っていっていくれないから。ずっと空を見上げていたって、ハッピーは降ってこないから。それがアックゼロヨンの実行委員会。で、それを世の中に知ってもらうためにアワードというものを考えて、多くの参加者(応募者)を待っているのです。」

「会社という営利目的の組織の中で、こうした活動を続けることは、関わっている僕個人として問題があると思った。けど、この活動はずっと続けたいと思った。僕は、仕事をするニンゲンというより、アックゼロヨンを続けたいと思うようになった。これを成功させたいと思うようになった。だから今年2006年の8月末でアンカーテクノロジーを退職した。これからはアックゼロヨンの活動をするために、アックゼロヨンに専念するために退職したのだ。」

「なんで、仕事を辞めてまでアックゼロヨンを続けていきたいか…。それはアックゼロヨンを通じて、自分達が目指すWebサイト作りが、そこに見えたからだ。昔僕は関西DTP協会という組織の初代会長だった。その後日刊デジタルクリエイターズというメールマガジンを創刊した。シリコンカフェのコンテンツでは、ホームページ用の無料素材を5万点公開している。5時間連続、8時間連続というデスマッチセミナーを企画して、日本中で多くの人にFireworksを教えてきた。2年前からは多摩美術大学というとこで、学生にウェブを教えている。

そうした、教えたり、人と交わり、組織とかの枠を越えて、抱えている問題をみんなで解決したいと考えるようになった。それが僕にとってのアックゼロヨンなのです。そのアックゼロヨンの活動は、なんと言ってもアワードの運営です。」

SOHOの生き様ってこういうことなんだという真髄の一つであり、ある意味、神だと思います。



2006年07月06日

SOHO D.I.開発プレ調査ご協力のお願い

SOHOポータル協議会からのお知らせです。

2年前の阪神SOHO交流会で基調講演をされたスピンクス先生が主査をつとめるSOHOリサーチユニットでは、SOHOに役立つD.I.(景気動向指数)を目指し、研究を実施することとなり、そのプレ調査をはじめたとのこと。皆さまもご協力いただければ幸いです。

     ■■■SOHO D.I.開発プレ調査ご協力のお願い■■■

SOHOリサーチユニットは、SOHO支援団体や全国各地のSOHOリーダー、研究者によって構成するSOHOポータル協議会を基盤として、SOHOに関する各種研究のあり方や、新たな課題把握を目的に研究を進めています。

このたび、SOHOに役立つD.I.(景気動向指数)作成を目指し、研究を実施するこ
ととなりました。SOHO D.I.は、SOHO事業者の方々が各業界における近い将来の事業方針・計画を立てるのに役立つツールになることを目指しています。
つきましては、プレ調査へのご協力をお願い申し上げます

【対 象 者】自宅/小規模事業所でIT機器を活用して自営的に仕事をしている方
【設問内容】ご自身のSOHO事業の現状と今後の見通し
【所要時間】5分程度
【実施主体・問合先】社会経済生産性本部 齋藤(奈) soho-portal@jpc-sed.or.jp
(↓ご案内および回答ページはこちら)
http://www.soho-portal.org/modules/news/article.php?storyid=121



2006年04月21日

映画の試写会(出資ありがとうございました)

12月23日にお知らせした映画の件ですが、おかげさまで出資していただき、無事ベルリン国際映画祭で上映できました。ありがとうございました。日本(東京)での試写会のお知らせを以下に致します。

 

 いつもお世話になっております。いつのまにやら映画批評から映画作 りの方にすっかり鞍替えしてしまっている藤原です。

 

 2月のベルリン国際映画祭で世界初上映になった即興演出の実 験的劇映画『ぼくらはもう帰れない We Can't Go Home Again の上映プリントを、やっと日本に持ってくることができました。

 

 ベルリンではいろいろ話題になりながら(物議を醸しながら?)日本 では上映する機会がまったくなかったこの映画ですが、つきましては 35mmフィルム映写の大画面で皆様にご覧頂けます機会を作ろうというこ とで、試写を催すことといたしましたのでご案内申し上げます。

 

 会場はアテネ・フランセ文化センターのご好意で、同センターの上映ホールを使わせて頂 くことになりました。日時は427日(木)、午後7 時からを予定しております。

 

『ぼくらはもう帰れない』

   2006年/日本/35mm 1:1.85/カラー/Dolby SR 111

 

出演:鳥井真央、霜田敦史、高澤くるみ、香取勇進、山田哲弥、いとう克則、藤原たまき山内一宏、洞ケ瀬真人、小室佳代、アンナ、中村あけみ、海江田万里(声)

製作:藤原敏史、姜裕文、平戸潤也、アレクザンダー・ワドゥー

原案:山田哲弥、鳥井真央、霜田敦史、山内一宏、高澤くるみ、黒田由布子、加藤あや

監督/編集/撮影:藤原敏史

追加撮影:山田哲弥、大島寛治、香取勇進

音楽&音響構成:ジーモン・シュトックハウゼン

歌:CRAFT

音響監督:久保田幸雄

 

羅針盤映画Compass Films作品

 

会場:アテネ・フランセ文化センター

101-0062 東京都千代田区神田駿河台2-11 アテネ・フランセ4階(地図

電話:(03) 3291 4339

 

日時:427日(木)午後7より。

 

 この映画を完成させるにあたっていろいろご協力いただきました方々と、完成を楽しみにしてきて頂いた皆様、ご覧頂きまして厳しいご意見などを早くうかがいたい諸先輩方や批評家の皆様をお招きしての、ささやかな試写でございます。どうぞお気軽にお越しいただけましたら幸いです。

 

羅針盤映画Compass Films

 

【監督】藤原敏史

 

『ぼくらはもう帰れない
      We Can't Go Home Again』 official site



2005年12月23日

映画への出資のお願い

私が強く応援している作家です。是非ご支援よろしくお願い致します。

http://www.nn.iij4u.or.jp/~j-hirato/Jpn_intro.pdf

56回ベルリン国際映画祭“フォーラム”部門正式出品作品

ぼくらはもう帰れない

WE CAN’T GO HOME AGAIN

 

「夢を追う」ってどんなこと?

「自分らしさ」ってなに?

「つながっていたい」ってどんな気持ち?

…俺たちいったいどこへ行く?

 

東京、21世紀初頭。交わるはずのない人生が、なぜか交錯して…

 

 「新人類」と呼ばれた世代もそろそろ40代、「無気力・無関心」から「引きこもり」「ニート・フリーター世代」に至るまで、“現代日本の若者”を語るさまざまな流行語が、キーワードのように生まれては消えて行った。だがそんな言葉で分かった気分になっているだけで、我々は自分たちのこともそれ以降の世代も、「理解する」ことはおろか、ろくに見もしないで来たのではないか?

 

 “現代日本の若者”について、知った風に論評のふりをして語る前に、まず「よく見る」ことから出発しようとする映画。だから脚本も、こちらから押し付けるストーリーもない。ノン=プロフェッショナルの、これが演技初体験という若者ばかりの出演者たちが持ち込んだストーリー、そのなかにいる彼ら自身の分身である人物を出会わせ、ぶつけ合い、東京という世界有数の都市の現実のなかに放り込み、その集団即興のごちゃまぜの中から生まれる出来事から見えるかも知れないなにかを、映像としてきちんと捉える。なにかを「説明する」=一方的な解釈を押し付けるのではなく、あたかも監視カメラのように、まずなによりもじっと見つめること。

 

 7ヶ月に及ぶ撮影期間で偶然と必然のなかから生まれた映像を、1年近くかけて編集・構成し、今までの日本映画にはないリアリティを孕むことになった映画が、まもなく完成する。

 

世界三大映画祭のひとつベルリン国際映画祭のなかでも、世代も国境も超えた新しい映画の発見をモットーとするラディカルさで注目を集めるセクション「フォーラム International Forum of New Cinema」の主催者を驚嘆させ、圧倒的な支持を持って正式出品作に選ばれた、現代日本の等身大の、ユニークな肖像。

主人公たち…

関口マオ(鳥井真央)…映画書が専門の出版社で働く若き編集者…は自分の夢見て来た仕事をやってるはずが、仕事にも知識にもぜんぜん自身が持てない。取引先の印刷会社の、やたら映画に詳しい営業マンと付き合い始めるが…

霜田アツシ(霜田敦史)…家のなかに引きこもる代わりに、街を歩き回ってはそこかしこで自分の顔をポラロイド・カメラでひたすら撮り続ける青年。

くるみ(高沢くるみ)…父親に虐待された記憶を背負って家を飛び出し、東京でSMの「女王様」として生き抜こうとしている女の子。仕事場での“源氏名”は「サツキ」。最近は同郷の大学院生のマサトと会うのが数少ない安らぎ。

香取ユウシン(香取勇進)…「映画界に入る」ことを夢見て、映画書が専門の出版社のアルバイトに精を出す大学生。デートにいつも遅刻する同世代のカノジョにややうんざり。

ストーカー(山田哲弥)…ひと昔前の言葉でいえば「一途な片想い」? マオが行く先々に出没しては、彼女の後をつけ始める。

 

…そして、1300万の日本中、世界中から集まって来た人々が暮すカオティックな都市、東京それ自体が、ひとりの主人公。

 

原案:山田哲弥、鳥井真央、山内一宏、霜田敦史、加藤あや、黒田由布子

音楽:ジーモン・シュトックハウゼン

音響監督:久保田幸雄

監督・撮影・編集:藤原敏史

 

確信犯的に“行き当たりばったり”な手法の関係上、これまで超低予算のビデオ撮影で製作を進めて来ましたが、来年2月のベルリン国際映画祭での栄えあるワールド・プレミア(正直なところ、作っている側がいちばん驚いております)が決まり、今後日本国内だけでなく世界中で一人でも多くの人に見て頂くために、35ミリ版での完成を考えています。ただまったくの自主製作のため、ビデオからフィルムに起こすためにかかる予算を確保せねばならず、心ある方々のご協力をお願いしております。

いわゆる普通の劇映画のスタイルをまったくとっていないため、正直マニアックな観客向けになってしまうかも知れないと思いきや、ことさら映画に強い関心があるわけではない人々からも、世代を超えて驚くほど強い共感や支持を得ています。これはやはりフィルムにして、より多くの皆さんにご覧頂く意味があるのではないか、と…

 

「こういう人物やテーマを扱った映画が今までなかったわけではない。しかしその見方、提示の仕方がまったく違う。登場人物たちは誰もが欠点や限界をさらけ出しながらも、最終的にはその一人一人がみんな好きになった。次回の映画祭で自分が心から支持できる映画を上映できるのは大きな喜びだ」

――クリストフ・テーヘヒテ、ベルリン国際映画祭フォーラム部門ディレクター

 

「物語の展開するカジュアルなやり方とユーモアが大好きだ。恋人どうしが朝起きて、男が女を朝食に誘うシーンでは、僕もいっしょについて行きたいと思ったほどだ! すべての人物が適確に浮かび上がり、そのいずれもが心に響く。カメラワークが圧倒的に素晴らしく、ある構図のままシーンの終わりまでじっと記録するその態度は、“人間観察”とはなにかを即座に理解させてくれる。デジタル映画テクノロジーの素晴らしい使い方だ。この映画はベルリン映画祭で大成功を納めるに違いない」

――アトム・エゴヤン、映画監督(カナダ)

 

「テレビの小さな画面で見るには少々辛いところもあるが、独特のカメラワークは素晴らしく、演出はシャープで生気に満ちている。ところどころおもわず爆笑してしまう。ただリアルな若者の姿を描いているだけでなく、創造をめぐる寓話でもある」

――ベルトラン・タヴェルニエ、映画監督(フランス)

 

「街の撮り方が素晴らしい。視覚的なカオスと、コミュニケーションをとれない人々。この映画の描く東京の人間関係は痛切で、ときにゾッとさせられる」

――マリー=ジョゼ・サンセルム、脚本家(フランス)

 

「この映画のカメラは容赦なく人間たちの無理解、過ちさえも映し出しながら、そのまなざしは分け隔てなく優しさにあふれている」

――アレクサンドル・クルーゲ、作家、映画作家(ドイツ)

 

「大変な自由をもって作られたと感じさせるそのやり方が、登場人物に対する驚くべき接近感と、この映画独特の香気とも言うべきなにかを発散する。そのなにかが映画の立場、そして我々の観客としての立場を問い直し、そのことがこの映画の大変に緻密な構造を浮かび上がらせる。これは映画において大変に難しいことだ。ラーズ・フォン・トリアーも『イディオッツ』でこれに到達している。これを見てもう一度東京に行きたくなった。この映画が日本の文化の長所も矛盾も、決してやり過ぎになることなしに映し出しているからだ。この登場人物たちとおしゃべりしてさらに彼らを知りたい、いっしょにもっと時を過ごしたいという気にさせられた」

――ニコラ・ブラン、プロデューサー(フランス)

 

「とても美しく、妥協がなく、心動かされる。誰も死なない映画なのに、『自殺』という言葉が頭をよぎるのはなぜだろう?」

――ロリーナ・ニクラス、舞踊評論家(フランス、アメリカ)

 

「いやー、なんか大変でした。いろいろ考えちゃって。まず恐怖映画だなと(笑)。とんでもなくキレイに東京を撮ってるところが恐怖です。東京生まれの東京育ちがいちばん恐怖を感じるのではないかと思いました。『よく考えたら、狂ったところで生まれ育ってきたな』と。もうひとつ、この映画を見て感じたのが、ものっすごい安堵感です。恐怖感と安堵感。それはそのまま、東京に生きて日々感じてる等身大の自分の感情であって、だからこの映画を見てると自分自身と対話してるような、やけにリアルな、生々しい東京が迫ってきてるカンジがして圧倒的でした」

――20代、女性

 

「結構イタかった(爆)。『これ昔の自分じゃん(爆)』『これは今のあたしにもある』って。最後のシーンについては聞きたいこともあるし。希望になるのか、絶望になるのか、私は希望にかけてます。」

――30代前半、女性

 

「いるいる! こういう人!」

――20代前半、男性

 

「特に編集者の女性と女王様をしていた女性は、個性的でひっぱります。何気ない電話の内容から彼女たちの世界が、東京に出てきてなんとか生きていこう、いかねばならぬ状況が、見えてくると思いました」

――40代、女性


カンパ、出資募集中!

 

 なんとかベルリン国際映画祭までに作品をフィルムで完成させるため(ビデオのままの小品では無視される可能性もあり、また映写効果としてもあまりよく見えないので)、急遽出資して頂ける方、およびご寄付・カンパを募集いたします。

 

出資は50万以上、映画のクレジットにプロデューサーとしてお名前を出させて頂き(法人の場合は共同製作会社のひとつとして)、完成後は著作権の一部を保有して頂き、もし収益が上がった場合には出資額の全体総予算(実費+スタッフ、出演者の人件費)に占める割合に応分のパーセンテージを配分します(具体的には交渉の上、契約書を取り交わさせて下さい)。

 

カンパは一口5万以上で、感謝の気持ちを込めてエンドクレジットにお名前を出させて頂きます。

 

 

振込先:

 

募集主体(任意団体):羅針盤映画 Compass Films

 

振込先口座:東京三菱銀行 高田馬場支店(店番053)

      普通預金口座番号 2024687

      ラシンバンエイガコンパスフィルムズ (代表:フジワラトシフミ)

 

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

羅針盤映画 Compass Films 代表・映画監督

藤原敏史



2005年10月17日

上海起業家登龍門報告

 上海起業家登龍門、会場は、上海でも最近開発された、入口にスターバックスがあるようなおしゃれな新天地という地区にあるARKというライブハウス。前夜祭で60〜70名いたようで、イベント自体は100名を越えていたか? 外は石づくりで中は木で装飾された3階建ての趣のある建物で、オーディエンス席は白いパイプ椅子がぎっしりキツキツに敷き詰められている。
 このイベントは今年のはじめに大阪で開かれたドリームゲートスター誕生の上海版と言えるもので、その感想はドリームゲートのウェブサイトに書いたように素晴らしいもので、簡単に言うと、起業家がビジネスプランをプレゼンして、メンター社長が共感したら資金提供その他を含めた協力をするというマッチングイベントだ。
 司会が下手くそで、メンター社長(が札で「資金提供する」と出すんだが)の意思表示が舞台からも客席からも見にくくて進行がスムーズでないといった欠点は大阪と変わらず解決されていなかったし、大阪と違い、客席の投票といったオーディエンスの参加形態が用意されていなく、全体としての印象としての盛り上がりに欠けた(この感想はイベント終了後にもらしていた人が他にもいた)のは事実だ。もっとも準備側もほとんど一人で死ぬ思いでやったのだろうと想像されるからそこまで求めるのは無理だとも分かってはいるので、だんだんとよくなっていくことを期待している。
 大阪ではまだこれから本格起業とか実際にはアイディアだけで実行はしていないという人も多くプレゼンしたのだが、今回のプレゼンした6組は、もうかなり上海で事業を展開していて、もうそれ成功事例の報告じゃん、といったものまであったほどで、かなり質が違う。「この業界で世界トップを目指すために」、「日本文化を根付かせるんだ」、「農業システムを全面改革」、といった大きな話へ向けてのステップなんである。だからこそおもしろい面もあるし、メンター社長がIT系ばかりだったのでそれとのマッチングという面ではやや難があったのも事実だが、そうしたリアルなビジネスをしている上海とそうではない日本との対比という意味でも興味深かったと言える。以下、プレゼンの紹介と一言コメント。

 プレゼン中、唯一の女性が日本から注文が来る3DCADを上海で短納期で安く日本品質出している会社の社長(なおメンター社長は全員男)。日本だと納期は長くなって3倍の値段がする注文も、他にはない高品質で納品するので営業をしないでも繁盛しているというが、経営戦略をきっちりしきっていく人間がいないのでそのあたりの協力を、という話。プレゼンした社長はオーストラリアでデザインの学位をとってノベルティのデザインなどをした後、上海に来て、現在は新築マンションの3Dバーチャル映像などをつくる仕事を受けており、もう一人のパートナーは中国人の女性で日系企業での実績もある人だ。まだこれだけの品質の仕事をする会社は上海になく、日本の大手からも仕事がどんどん来ているので、ライバルがいないうちにこの業種で世界一になっておきたいが、そうしたことを進めていく人材がいないのだ。英語・中国語・日本語が対応できるので、ほぼ全世界の仕事をとってこられるのにもったいないという話。中国人とパートナーを組んでいることと海外経験を経てあえてこの地でトップを目指す、なんとも上海らしい成功していく一典型だなあという印象。

 よくある例に商社で上海勤務をしていてこの地の魅力にとりつかれて会社をやめてこちらで起業する例があるが、その一例なのが、外食FC業態開発の会社をつくりたいというプレゼン。すでに焼肉レストランなどをいくつかFCで展開している。FCなのでそれほど資金はいらず、業態を売っていくということで、商社時代も外食産業で飲食については自信があり、FC潜在顧客リストも1000件はあるという。ファミレス、寿司、焼肉などもろもろいろんな業態を全て網羅するFC業態開発ができるようにして、それを中国で大きく展開し、そのブランドが日本に逆輸入されるようにまでなりたいとのもくろみもある。日本ではすでに外食産業は先人が培ってきたものが多く、なかなか今から食い込めないが、上海ではまだまだ洗練の余地が多くあり日本品質でやれば群を抜ける。そこで一気にいきたいが、まずは成功している繁盛店を直営で1店舗持っていて「これを見ろ」というのがないとFCで売っていくには説得力不足なんで、その1店舗2〜3千万円が欲しいという要求。よく聞くタイプの上海でのしあがってやるタイプだなあと思って聞いた。

 中国と言えばヒト・モノが圧倒的に安いからそれを利用して日本向けビジネスをするのが基本だが、ここでは飲食の店の内装や設備一式を全て上海で一貫生産して上海から日本の最寄の港まで運んで一番高い日本国内の陸送を最小限にして圧倒的に安いコストで飲食業を開業できるという売り込みでやっている会社がプレゼン。すでにヤマト運輸の上海倉庫の3分の1を使ってるというからすごいではないか。とにかく在庫も上海に置くから日本でやっているのとでは比較にならないほど安い。最初に開業する時には銀行借入にも限度があるが、これだけスタートアップのコストを下げられれば、かなりいける人が出てくるということで、チェーンであれば同じ仕様をたくさんつくればよりスケールメリットもうまれてさらに安くなる。それも設備といっても皿やカップ類なども含めて全てトータルパッケージでそろえるというのが売りで、好評だという。だが、いかんせん日本に拠点をもって営業していないので、その部分を何とかしたいとの要望。日本に拠点をもって営業をするとせっかくの低コストでの提供という最大のメリットが死んでしまうのでそこを何とかという話で、ウェブマーケティングなどの会社が手伝おうかといったマッチングの方向へ。ただ、あまりにももう完成されているビジネスなんで何を手伝えばいいのか、といった声をメンターからはあがっていた。こんな商売が上海(中国)にはごまんとあるんだろうねえ。
 
 今やオフショア開発でITシステム開発もどんどん中国にいっているわけだが、IT人材、特に中位レベル以上の人材不足は世界的にも深刻で、例えば中国でやる場合、日本語と中国語とそれらの文化やコミュニケーション術の差異にまで気を配って仕事のやりとりができるブリッジSEに至っては非常に足りず、ほとんど人材募集をしても見つけられない状態だ。そこでそうした人材を育成し、派遣していくビジネスをしたいとのプレゼン。ウェブ上にポータルをつくってマッチングシステムをつくることしか現状ではできないが、資金提供していただければきっちり人材を確保する拠点をつくって派遣業を展開できるとのこと。日本では人材派遣はもう細分化されて特化されたものがたくさんあるが、上海ではまだまだそこまでないので、チャンスがあるのだという。インドなんかだと英語もできるし違う面もあるんだろうけど、まあとにかくコンピュータ関連がみんな今は中国だからねえ、こういうブリッジSE人材をいかに確保できるかがキーの1つなんですね、勉強になりましたわ。

 プレゼンした中では一番年齢が高い人だろうか。農業ビジネスのプレゼンがあった。農業をやっていて品種改良技術なども手がけてきた人で、空港がある浦東地域の農業地域に農業技術指導員として中国政府から招聘されてきたのが上海に来たきっかけだという。中国では巨大な農地が整備されていて設備も国営だからばっちり整っているが、国営の経営でうまくいかなくなって放置されているところもたくさんある。そういうところをどんどん提供してもらって、付加価値の高い日本の農業技術を導入していこうというのが基本の考え。2007年問題で団塊の世代が次の世代へ農業を譲る時期に、シニアで世界に誇る農業技術をもっている日本の農民を中国に連れてきて、土づくりも何も技術がない中国で技術指導をし、貧困にあえぐ中国農民もそれで生産を増強して豊かになるというどっちもよころぶモデルである。日本の農協は共同出荷から金融まで何でもやって弊害がすごくあったが、一方で農業技術の普及という意味ではかなり役立った。中国にはないので、中国における農協のようなもの、それも農業技術のシェアリングという部分を担うものをやっていきたいということだ。そのために、日本からシニア農民をリクルーティングする部分などを支援して欲しいとのこと。中国の退役軍人が主なメンバーになっている100%国出資の会社でやるので、いい技術さえ持ってこれれば自己資金などいらずにどんどんできてしまう。そのへんが社会主義国家のすごいところだ。このビジネスプランは私には一番衝撃的だった。また、例えばヨーロッパのバラはほとんどヨーロッパでは生産されておらず、ケニアで生産されているのだが、それを赤道直下で年間の気温が一定しているところだと大きくて丈夫な花が1年中出荷できるからで、サントリーが遺伝子組み換えでつくったブルーカーネーションも南アメリカでつくっているが、これを中国でもつくろうということで中国への安全性の申請書類の作成などもして、やっていくとのことだ。雲南省で大球場1つ分くらいの土地が確保できているので、いちごやカーネーションやバラを栽培していく予定だという。例えばコージーコーナーというケーキ屋があるが、ケーキは全て中国の山東省でつくられていて、冷凍で日本に来ている。しかし中国は夏いちごがないので、いちご不足なんだそうだ。そこでそういうところに供給する意味でも単価が高いいちごはターゲットしていいという。日本でもバブル時にはケーキ売り上げがすごくあがったそうだが、中国でもまだケーキはまずいのしかないので、おいしいケーキなら高くてもどんどん売れるだろうとのこと、といろいろ脱線してくるが、プレゼン後に好きな起業家のところにいって話を聞ける分科会で彼のところに行ったのでまたその報告は後ほどに。とにかく農業は基本だし、大きなビジネス。これは日本では聞けないレベルの話である。
 
 最後のプレゼンは最も多くの人に強い印象を与えたスキンヘッドの32歳のマグロ漁師の息子で、上海でマグロ、それも中トロ・大トロだけの店をやっている。昼間は高級ホテルの日本食レストランなどへ卸し、夜はレストラン「天家」。もちろん中国で生の魚を食べるということはなく、なかなか売れず、マグロがこれだけ好きというのは日本独特なものなんだが、中国のモノ・ヒトが安いのを使ってなんかしようというのはもう時代遅れで、「日本のマグロ文化を中国に浸透させる」との中国人に日本文化を受け入れてもらうという意気込みでやるのがこれからだ、というのはすごく強いメッセージだった。世界のマグロの9割は一度築地に来て、そこからまた世界に出荷されるのだが、彼はもちろん築地からも入れているが、オーストラリアから直接入れるようなこともして、これなど業界的にはかなり画期的なことなんだそうだ。メンター社長で行ったことある人がとにかくおいしいと太鼓判。他のメンター社長もうちはIT系だから会社として支援は決裁できないが、個人的に行って応援という札ばかり。う〜ん、こういう人がいるから上海はおもしろい。

 プレゼン終了後はそれぞれ興味のある起業家のところにメンターやオーディエンスが集まって分科会だが、なんかきっちりしタしきりがなく、ばらばらでイベント的には「らしい」ものにはなっていなかったが、すぐに実利的に次の話にすすむようなつながりをつくれる場であったことは事実なんだろう。分科会後の懇親会では起業家でも参加者と話すこともなく食事してる風景もあった。長時間のわりには気抜けした感じもあるイベントだったが、それだけ皆完成度も高く、来ている人たちも目的意識がある程度定まった人も多かったし、何といってもこのようなイベントでビジネスを披露して交流できる場をつくったということ自体に価値があり、一応成功したと言えるであろう。

 懇親会で何人かとしゃべていたが、上海でこれからビジネスしたい日本からの留学生などもいたが、上海で1年やってきたよしださんらが出資している会社社長とかもいるわけだし、その他にも今日集まっている人たちがどういう人たちで、どう結び付けたらいいかなんてマッチング役をする人がいなくて、せっかく同じ場に集まっていたのに出会うチャンスをみすみすなくしている例もあったんではないかと思う。とりあえずできる範囲で引き合わせはしたが、本当は参加者リストくらいつくっておいた方がよかったですよね。プレゼン一覧の紙一つ配布されなかったわけだし。ま、そんなでひとまずの報告はここまで。

 以下、上海で感じたことの感想。誰かのプレゼンにもデータとして出ていたが、2010年には中国経済が日本を追い越すだろう。アジアの中心は中国になり、日本は没落していくのみかもしれない。公害がこれから深刻になるだろうと思ったが、半年や1年で一気に自転車が電気スクーターに変わることに象徴されるように、より進んだ技術が先に入ることによって公害を撒き散らす技術を飛び越すことができる可能性も高い。リニアモーターカーの商業運転もずっと先にやっているし、自動車もどんどん新しいものになっていて、自動車もほとんどがフォルクスワーゲンだったりバスならボルボだったりするし、リニアモーターカーもドイツの技術。そういうものをどんどん入れてすぐに使ってしまうのだから、余計な遺物がないだけ日本よりずっといかもしれない。日本は軍国主義で富国強兵をし、敗戦後はアメリカの軍事的傘のもと成長していったわけだが、中国は社会主義がいまだにきっちりしているから、いざ規制をするとなれば徹底してするから、それこそ偽物ブランド商売が激減したことに象徴されるようにやる気になればすぐ対応できるわけだ。
 一方で、日本人のように過労死するほど働きすぎて、挙句に幸せも感じられないという社畜になってしまうのと比較して、中国人は監視していないとすぐさぼる。だから品質管理は徹底しないと恐いとよく言われる所以だが、これは裏を返せば、庶民の生きる知恵が賢いということなのだ。社会主義政権下で朝令暮改で勝手な政策を強権的にやられるかわりに、それをうまくやり過ごすスマートな生き方がきちんと身ついている。制度や社会に使われるだけ使われてぼろぼろになるようなやわな人間ではないのだ。
 農業ビジネスの分科会でいろいろ聞いたのだが、中国産の野菜は農薬がたくさんで危険などという言われ方がされる場合もあるが、実際にはほとんどの中国農民は貧乏だから農薬を買えず、無農薬ばかりなのである。また、大規模農場で管理もコンピュータ化されているから、今後重要になるトレーサビリティーも日本よりずっと進んでいて完璧なトレーサビリティがすぐ可能になるのだ。農業は地産地消が一番いいが、都市への供給を考えた時に、将来を見越して準備をしている。雲南省はチベットと国境を接する秘境のようなところだが、ここでの農業には力を入れていて、雲南省からの農産物の輸送には補助金が出てすごく安いんである。2010年を越せば中国は農産物の輸出国から輸入国になるだろうとの予測もあり、きっちりと生産性の向上のために投資をしている。食糧安全保障も視野に入れた社会計画が遂行されているわけだ(日本とは違って)。
 上海市で1300万、周辺部もあわせれば1億3千万もいるという規模だから、動けばすごいものになるし、だいたい中国は何千年も先進国であって日本との戦争中だけ後進国だっただけで、歴史の流れからすれば日本がリードしたのなど一瞬のこと。それにしても本当に日本の繁栄は短かったと言えよう。自動車生産でアメリカを抜いたとか喜んでからバブル崩壊まで。ほんの2〜30年だろうか。
 中国の経済成長はすごすぎて、2008年北京オリンピック、2010年上海万博を過ぎると揺り戻しが来るんじゃないかとの声も少しはあるが、今がバブル的かもしれないとしても、日本ようなバブルにはなりえない。土地は国有だし、投機的な金融で儲けるということが構造上ないわけだから。土地の含み益だけで異常に盛り上がってドスンということはないわけだ。あくまでも実経済が動いていると言える。
 ほんと、日本ももう人口減ってくし、余計な行政コストも削減して、ゆっくりそのへん耕してサブシステンス経済にしてこうよ。それしかもう選択肢ないと思うよ。アメリカは世界で政治的にも孤立してるし経済もボロボロだし、その傘のもとにいることをわれわれは民主的な制度のもとで合意してきたわけで、それはもう引き返せないとこまで来てるわけだし、日本のアジア内における価値なんてほとんどなくなってきてるんだからさ。
 農業ビジネスの人は屋上緑化なんかもやっているわけだけど、ドイツなど都市計画の中に屋上緑化を組み込んでいるからそれに耐えられる丈夫な建築物が前提とされ、屋上に10〜15センチもの土を入れていろいろ植えるわけだ。日本では技術革新でどれだけ土を薄くするかということしかやってないが、ドイツだと集中豪雨でも屋根の土が吸収する分で急激に流量が増えることを避けるダムの役割だってするんだという。そうした都市計画をすれば、無駄ですぐ使えなくなるダムをつくるよりずっと効果的で、都市も豊かになるのにそういう計画は立てられない。それが日本の現状なんである。
 上海からは飛行機2時間で大阪に着く。そしたらまた日本の現実を生きねばならない。というわけでまた私は地域に戻って地道に続けていくのである。


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